最高裁判所第二小法廷 平成12年(あ)451号 判決
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意第二の一、二は、判例違反をいうが、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、同第二の三、四は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第三は、判例違反をいう点を含め、実質は事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
しかし、所論にかんがみ職権により調査すると、原判決は、以下の理由により、結局、破棄を免れない。
一 本件公訴事実のうち、不動産侵奪の事実は、「被告人は、Aと共謀の上、中古家庭電器製品等の売場として利用する目的で、東京都が所有する東京都葛飾区○○町a丁目三三一七番一、同番二、同番三及び同番五所在の土地の一部合計約一一〇・七五平方メートルの空き地を侵奪することを企て、平成八年一二月中旬ころ、同所において、東京都に無断で右空き地中央東寄り部分に木造ビニールシート葺平屋建簡易建物(建築面積約三七平方メートル)を建築し、更に引き続いて、そのころ、同所において、右簡易建物の西端に接続して右同様の簡易建物(建築面積約二七・三平方メートル)を増築し、もって右都有地約一一〇・七五平方メートルを侵奪した。」というものである。
二 第一審判決は、右公訴事実と同旨の事実を認定して、被告人を有罪とした。
三 これに対し、被告人が控訴の申立てをしたところ、原判決は、次のような事実認定及び法律判断をして、第一審判決を破棄し、右公訴事実について被告人を無罪とした。
1 本件土地は、東京都立j公園の予定地の一部であり、本件当時、有事の際の緊急用務等のほか、日常的には南側に隣接する区道の通行車両等のすれ違い等の利用に供されていた。
2 被告人は、何ら権原がないのに、平成八年一〇月ころから、本件土地上に中古電器製品等を置いてリサイクルショップを営み、さらに、同年一二月中旬ころ、材料として廃材を調達して本件簡易建物の建築に着手し、その後、これを完成させた。
3 捜査段階において本件簡易建物等の検証が行われた平成九年八月一日時点における同建物の性状は、次のようなものであった。
(一) 本件簡易建物は、建築面積約六四・三平方メートルで、本件土地の中央部を占め、その内部は、木製ドア及びシートによって、東側部分(約三七平方メートル)と西側部分(約二七・三平方メートル)に区分けされていた。
(二) 本件簡易建物は、土台として角材がそのまま地面の上に置かれ、その隅及び要所に長さ約三メートルの角材が柱として立てられ、屋根部分のけた及びもやに接合されていた。土台、柱、屋根部分等の組立てには、ほぞをほぞ穴に差し込んで固定する方法は採られておらず、土台の角材同士、土台の角材と柱、柱と柱を、平板等を当ててくぎ付けするなどしてつないでいた。屋根部分は、多数の角材等をけた、もやとし、その上にビニールシートを掛け、さらに、その上に平板を当てて柱等に固定するなどしていた。周囲は、ビニールシート、廃材の戸板、アコーディオンカーテン等で覆い、要所に板を当ててくぎ打ちしていた。また、公園の金網フェンスに接する部分は、針金、電器コード等で右フェンスに結び付けられていた。
(三) 本件簡易建物の内部には、居住設備はなく、中古の家庭電器製品等が山積みされ、区道を隔てて向かい側にある建物から電線を引いて蛍光灯が設置されていた。
4 本件簡易建物は、平成九年九月一一日、東京都が依頼した解体業者によって、六名の人員で大き目のハンマー等を用いて約一時間で解体撤去された。その費用は、二六万円余りであった。
5 本件で起訴の対象となっているのは平成八年一二月中旬ころの時点における被告人らの行為であるが、右時点における本件簡易建物の性状を示す的確な証拠はなく、右時点の同建物は、前記検証時のそれより更に規模が小さく、構造が強度でなかった可能性がある。
6 不動産侵奪罪にいう「侵奪」があったか否かについては、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきであるところ、前認定の事実によれば、本件簡易建物は、本格建築とはほど遠く、解体も容易なものであったから、占有侵害の態様は必ずしも高度のものとはいえない。東京都の本件土地の管理状況は比較的緩やかなものであり、その職員らは、平成八年一〇月ころ被告人らが本件土地を不法占有するようになって以降、時折警告を与えていたが、その内容は、本件簡易建物建築の前後を通じて、本件土地を明け渡すようにとの趣旨にとどまり、不動産侵奪をいうものではなかった。また、本件簡易建物は居住目的のものでなかったから、占有排除及び占有設定の意思、相手方に与えた損害、原状回復の困難性も、さほど大きいものとはいえない。そうすると、前記検証時の本件簡易建物の性状を前提にしても、同建物の建築をもって不動産侵奪罪にいう侵奪行為があったとするには、重大な疑問が残る。本件公訴事実のいう平成八年一二月当時の本件簡易建物の形状は、右検証時のそれよりも更に規模が小さく、あるいは構造が強固でないものであった可能性があるから、不動産侵奪罪の成立を認めるには合理的疑いが残り、犯罪の証明がない。
7 したがって、第一審判決が不動産侵奪罪の成立を肯定したのは、事実を誤認したものといわざるを得ない。
四 そこで、原判決の当否について検討する。
1 刑法二三五条の二の不動産侵奪罪にいう「侵奪」とは、不法領得の意思をもって、不動産に対する他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことをいうものである。そして、当該行為が侵奪行為に当たるかどうかは、具体的事案に応じて、不動産の種類、占有侵害の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定の意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきものであることは、原判決の摘示するとおりである。
2 本件で起訴の対象となっている平成八年一二月中旬ころの時点あるいはそれに引き続いて西側に増築された時点における本件簡易建物の性状を示す的確な証拠がないことも、原判決の指摘するとおりである。
しかし、捜査段階において検証が行われた平成九年八月一日当時の本件土地の状況について見ると、本件簡易建物は、約一一〇・七五平方メートルの本件土地の中心部に、建築面積約六四・三平方メートルを占めて構築されたものであって、原判決の認定した前記構造等からすると、容易に倒壊しない骨組みを有するものとなっており、そのため、本件簡易建物により本件土地の有効利用は阻害され、その回復も決して容易なものではなかったということができる。加えて、被告人らは、本件土地の所有者である東京都の職員の警告を無視して、本件簡易建物を構築し、相当期間退去要求にも応じなかったというのであるから、占有侵害の態様は高度で、占有排除及び占有設定の意思も強固であり、相手方に与えた損害も小さくなかったと認められる。そして、被告人らは、本件土地につき何ら権原がないのに、右行為を行ったのであるから、本件土地は、遅くとも、右検証時までには、被告人らによって侵奪されていたものというべきである。
3 前記一の事実については、殊にその特定する時期における不動産侵奪罪の成立を認めることができないとしても、前記一の事実と、その後遅くとも前記検証時である平成九年八月一日までの間に本件簡易建物によって本件土地を侵奪したという事実とは、基本的事実関係を同じくし、公訴事実の同一性があるというべきである。そうだとすると、原審裁判所は、右検証時までの右罪の成立の可能性について、必要であれば訴因変更の手続を経るなどして、更に審理を遂げる義務があった。ところが、原審裁判所は、刑法二三五条の二の侵奪の成否についての判断を誤り、右検証時における本件土地の占有状態によってもなお侵奪があったとはいえないと解した結果、右時点までの同罪の成立の可能性について何ら審理をすることなく、直ちに犯罪の証明がないとして被告人を無罪としたものであって、原審には判決に影響を及ぼすべき法解釈の誤り及び審理不尽の違法があるといわざるを得ず、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、恐喝罪の成立を認めた第一審判決判示第二の所為とともに更に審理を尽くさせるため、原判決を破棄した上、本件を原審である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷玄)
上告趣意書
目次
第一 序論
一 公訴事実の要旨
二 第一審判決の要旨
三 原判決の要旨
四 上告申立ての趣旨
第二 本件簡易建物建築行為が不動産侵奪罪にいう「侵奪」に該当しないとの原判決の判断の誤り
一 不動産侵奪罪の意義及び「侵奪」の成否に関する判断基準
二 原判決の判断は刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用に関する高等裁判所の判例に違反している
1 不動産侵奪罪の「侵奪」の成否に関する高等裁判所の判例
(一) 土地への定着性及び本格建築性(建造物性)について
(二) 被害者側の当該不動産に対する占有管理状況について
(三) 居住設備及び居住目的について
2 判例違反
(一) 土地への定着性及び本格建築性(建造物性)について
(二) 東京都側の本件土地の占有管理状況について
(三) 居住設備及び居住目的について
(四) 原判決は、「侵奪」の成否について、犯行状況の全体を総合的に考察せず、社会通念に従って判断していないことについて
三 原判決の判断には刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用を誤った法令違反がある
1 不動産侵奪罪の解釈
2 刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用の誤り
四 原判決には、「侵奪」の認定につき重大な事実の誤認がある
1 占有侵奪の方法、態様及び程度についての事実誤認
2 占有排除及び占有設定意思の強弱についての事実誤認
五 原判決の法令違反及び重大な事実の誤認は、これを破棄しなければ著しく正義に反する
1 本罪の立法趣旨に反すること
2 本罪を適用しなければ法秩序が維持できないこと
第三 平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物と平成九年八月の検証時のそれとの同一性に関する原判決の判断の誤り
一 平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関する重大な事実誤認
1 公訴事実に係る平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関する証明は十分である
2 原判決の判断の誤り
(一) 証拠の取捨選択の誤り
(二) 証拠の評価の誤り
(1) Aの原審証言について
(2) Jの原審証言及びIの第一審証言について
(3) 被告人の原審供述について
3 本件簡易建物東側部分のみでも十分本件土地への侵奪と認められる
二 判例違反
第四 結語
記
第一序論
一 公訴事実の要旨
被告人に対する公訴事実の要旨は
被告人は
1 Aと共謀の上、中古家庭電器製品等の売場として利用する目的で、東京都が所有する東京都葛飾区○○町a丁目三三一七番一、同番二、同番三及び同番五所在の土地の一部合計約一一〇・七五平方メートルの空き地(以下、「本件土地」という。)を侵奪することを企て、平成八年一二月中旬ころ、東京都に無断で本件土地中央東寄り部分に木造ビニールシート葺平屋建簡易建物(建築面積約三七平方メートル)を建築し、さらに引き続いて、そのころ、本件土地中央西寄り部分に右簡易建物の西端に接続して右同様の簡易建物(建築面積約二七・三平方メートル)を増築して(以下、全体を「本件簡易建物」という。)、右土地を侵奪した
2 Bと共謀の上、b党c会(以下、「c会」という。)又は同会会員から金員を喝取しようと企て、平成九年六月初めころから同月一三日ころまでの間、東京都千代田区<以下省略>所在のc会本部周辺路上において、放送宣伝車(以下、「本件街宣車」という。)に設置した拡声器を使用して、「b党c会なるものは、総会屋Cが所属していた団体で、詐欺・インチキ集団である。このような団体を擁護しているb党D幹事長及びE総理は、即刻辞任せよ。b党c会は解散せよ。」などと放送した上、被告人及びBが、同日ころ、同区<以下省略>所在のdホテル新館三階「COFFEE・HOUSE・POTOMAC」店内において、右放送の中止を求めるなどしたc会常任理事Fに対し、「e社に対して街宣を掛けているとき、b党c会常任理事の肩書を持つGが、Y(被告人のこと)に街宣をやめろと言ってきて、街宣をやめれば、街宣車一台分の八〇〇万円か九〇〇万円を寄付する約束をしたのにほごにした。Gの所属するb党c会に払ってもらう。c会が約束を果たさない限り街宣を続ける。」「Gは約束を守らない悪い奴だ。c会に責任をとってもらう。」などと言って金銭の交付を要求し、さらに、主として被告人が、同月一六日ころから同月二一日ころまでの間、本件街宣車に設置した拡声器を使用してc会本部周辺路上において、前同様の内容に加えて「H(c会会長Hのこと)は、会長を辞めろ。b党c会を解散せよ。」などと放送し、東京都板橋区<以下省略>所在のH方周辺路上において、「b党c会会長H、こんな悪い奴はいない。」などと放送した上、Bが、同日ころ、東京都江東区<以下省略>所在の居酒屋「なんぶ寿」において、五〇〇万円の支払を条件に右放送の中止を求めてきたFに対し、「b党c会のGは八九〇万円の街宣車を買ってやると言った。端数を負けて八○○万円出さないんならYに死ぬまで街宣させる。」などと言って金銭の交付を要求し、もしこの要求に応じなければc会の名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない気勢を示してFを畏怖させ、その結果、Bが、同月二三日ころ、東京都新宿区<以下省略>所在の喫茶店「オリエンタルウェーブ」において、Fから現金五〇〇万円の交付を受け、さらにFに対し、「駄目だ。Yに八〇〇万円と言ってあるから八〇〇万円用意しろ。全部で八○○万円だ。ちゃんと用意しろよ。それで街宣をやめてやる。」などと言って三〇〇万円の交付を要求して前同様にFを畏怖させ、その結果、同月二五日ころ、東京都港区<以下省略>のfホテル五階所在の「エスカイヤクラブ」において、Fから現金三〇〇万円の交付を受けて、現金合計八○○万円を喝取した
というものである。
二 第一審判決の要旨
第一審判決は、前記公訴事実のいずれをも認め、被告人を懲役三年二か月に処したが、そのうち不動産侵奪の事実(以下、「本件」という。)につき、弁護人が、基礎工事をしておらず柱も地中に埋まっていないことなどを理由に本件簡易建物は容易に撤去し得るものであって半永久的、かつ、強固な建物ではないから、本件簡易建物の建築によって本件土地に対する東京都の占有が侵害されてはいないなどと主張したのに対し、本件で不動産侵奪に該当する行為があったといえるのは、被告人らが本件土地上に本件簡易建物を建てることによって、所有者である東京都の占有を排除して本件土地について事実上の支配を設定したといえる場合であるとした上で、被告人らが本件簡易建物を建てた経緯に関して
本件土地は、東京都が都立j公園(以下、「公園」という。)の予定地として民有地を買収した土地の一部であるが、公園の金網と区道に囲まれた三角地状で、面積約一一〇・七五平方メートルの一部がコンクリート舗装された土地であり、有事の際の緊急用務等に、また、日常的には区道を通行する車両の擦れ違い等の利用に供されていて、公園として直接利用されるには至っていなかった。
Aを頼って本件土地と道路向かいにある通称gアパートに居住するようになった被告人は、右Aと共に、本件土地上に中古家庭電器製品等の商品を置いてリサイクルショップを営み始め、風雨対策として商品の上からビニールシートを掛けていたが、商品が傷むおそれがあったことから、しっかりした建物を造って風雨対策を充実させようと考え、本件簡易建物を建築した
とし、本件簡易建物の建築状況とその性状に関して
被告人は、本件土地中央東寄り部分に簡易建物を建築したが、前記商品等を風雨から守るには十分ではないとして、数日して、右建物の西端に接続する形で建物を増築して本件簡易建物を完成させた。
本件簡易建物の建築直後の形状を直接裏付ける証拠はないが、検証がなされた平成九年八月一日ころは、<1>建物の隅や要所に一四本の角材(断面が縦横とも約一〇センチメートル)の柱が立てられ、その柱のほとんどを、本件土地上に土台として敷いた角材(断面は前同様)と、平板や三角型に切った木片を当てて釘打ちするなどして、土台として敷いた角材同士も平板を当てて釘打ちするなどしてそれぞれ固く接続させており、<2>屋根は、多数の角材(断面が縦横約三センチメートル×約四センチメートル)等を桁及び母屋とし、その上をビニールシートやベニヤ等で覆い、ビニールシートが風の影響を受けないようにその上に平板等を当てて母屋等に釘打ちするなどして補強し、雨水がビニールシートの上に溜まらない工夫もしており、<3>建物の周囲は、ビニールシート、戸板、カーペット及びアコーデオンカーテン等で覆って、要所に板を当てて釘打ちするなどして補強し、<4>公園の金網フェンスに隣接する建物部分を右フェンスに針金、電気コード等を用いて結び付けて固定しているほか、柱、桁等の建物の骨組みの接続部分も針金、電気コード等で結び付けて補強していた
と認めた上
以上によれば、本件簡易建物は、本件土地のコンクリート部分や土部分に直接前記角材等を敷いて土台とし、コンクリートによる基礎工事はなされておらず、壁や屋根にビニールシートといった木材に比べても耐久性に劣る材質の資材が使用されていて、いわゆる本格建築の建物でないとはいえ、屋根、柱、壁を備え、土台等の補強もされていたから、風雨に耐え得て容易に倒壊しない相当強固な性状であったと認められる。右性状に照らすと、建築後の補修等が仮にあっても前記形状の本質的部分を変更するものではなかったと推認されるから、本件当時も、基本的には右形状であったと認められ、このことは、被告人も積極的には争っていない。確かに、ビニールシートは破損することもあり得るが、被告人は本件簡易建物の直近に居住して同建物を日常的に使用しており、速やかに破損個所を補修することも容易であって、そのことは建築時から予定されていたといえるから、本件簡易建物にビニールシートが使用されていることで、同建物の性状に関する前記判断が影響されることはないといえる。
そして、本件簡易建物が相当強固な性状であったことは、これに沿うIの公判供述があるほか、被告人は、・・本件簡易建物の建築に当たっては、その経験を踏まえて、相当強固な建物を欲していたとうかがわれるのであって、本件簡易建物は、そのような被告人がAら数名の協力も得て数日かけて建築したものであり、平成八年一二月中旬に建築されてから平成九年九月一一日解体されるまでの約九か月間、風雨の強い台風に二度見舞われるなどしても倒壊することなく現存していたこと、解体も、解体業者が、六名の人員で、大き目のハンマー、バール等の道具を用いても一時間余りを要していて、素人であれば丸一日かかるほど困難な作業であったのであって、費用も約二六万三〇〇〇円を要したことからも裏付けられている。
また、被告人らが、本件簡易建物に電気を引き、テレビアンテナも接続させていたことは、本件簡易建物が容易には倒壊しないことを前提にした措置であったとうかがわれる
と判示し、弁護人主張の諸点を考慮しても、本件簡易建物は、不動産侵奪罪にいう「侵奪」の手段たり得る性状を備えていると認められると判断して、本件について同罪の成立を認めた。
三 原判決の要旨
原判決は、弁護人の、(1) 本件簡易建物は、基礎工事がなされていないため地面に固定されておらず、屋根や壁面の相当部分がビニールシート張りであるなど、不動産侵奪の手段たり得る性状を有していないから不動産侵奪罪には当たらない、(2) 本件公訴事実は、平成八年一二月中旬ころに被告人らが本件簡易建物を建てたことをもって不動産侵奪罪に当たるとするものであるが、右建物の性状の詳細については平成九年八月一日に実施された検証に基づく資料しか存しないのであり、これをもって七か月以上も前の建物の性状を推認することはできないから、結局、本件公訴事実については立証がないことに帰するのであり、いずれにしても第一審判決の認定には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるとの控訴の趣意に対し、検証がなされた平成九年八月一日時点における本件簡易建物の性状につき第一審判決とおおむね同様の事実を認め、次いで、不動産侵奪罪にいう「侵奪」があったか否かの一般的判断基準につき、「具体的事犯に応じて、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断し、社会通念に従って決定すべきである。」と判示した上、右検証時点における本件簡易建物の性状等を前提に不動産侵奪罪の成否を検討し
本件簡易建物は、建物としてのそれなりの構造がないわけでなく、被告人らがこのような建造物を作ったことによって、それまでの被告人らの本件土地に対する不法占有状態がより深まった面があることは確かである。しかしながら、本件簡易建物は本件土地のコンクリート部分や土部分の上に土台として角材を置いただけのものであって、基礎工事は全くなされていないから、土地の定着物としての面が弱いことは否めない上、その構造等についてみても、柱や屋根のほか一部に壁部分もあって一応風雨に耐え、直ちに倒壊するものではないとはいうものの、屋根や壁に相当する部分にビニールシートといった耐久性に劣る素材を使用し、また材料は基本的に無償で調達してきた廃材を使うなど本格建築とは程遠いものである。特に、建物の組立てにつきほぞとほぞ穴とを使用するなどの堅固な建造物を作るための基本的手法をとっておらず、土台の角材と柱、あるいは柱と柱との接合は板を用いて単に釘打ちをする方法でつなげているだけであり、この点でも建造物としては十分なものではないということができる。要するに、本件簡易建物は、壁らしき部分が一部にあるとはいえ、建物の強固さの観点からみれば、木枠があるだけの建造物にすぎないものといってよい。そして、・・本件簡易建物は、解体業者によって約一時間で取り壊されてほとんど跡形もなくなってしまったということも併せ考えると、本件簡易建物を建てたことによる被告人らの本件土地に対する占有侵害の態様は必ずしも高度のものとは言い難いところがある。検察官は、本件簡易建物が風雨の強い二度の台風にあっても倒壊しなかったことを一つの根拠として、本件簡易建物が相当に強固な性状を有していると主張するが、本件簡易建物の壁に相当する部分は、北側部分を除いてほとんどがビニールシート等の風によっても動く物で覆われていたのであるから、検察官の右主張は採用できない。
また、・・本件土地は広大な都立j公園の敷地内に存し、しかも当時は東京都側の管理状況も比較的緩やかなものであり、このことは、・・本件簡易建物の建築前に被告人らが本件土地の占有を始めてからも、東京都側は強い警告をしなかったことからもうかがわれるのであって、この点は前述した不動産侵奪と評価し得るか否かの判断基準である占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無の検討に際して、一定の考慮をすべきものである。
次に、本件簡易建物の用途ないし使用状況に関してみると、これは人が生活するための設備等は一切ないことが示すように、建物の構造上も被告人らの主観面においても、人が居住する目的はなく、専ら風雨で電器製品等が傷むのを防止するためということであって、この点も原状回復の難易や被告人側の占有設定意思の強弱という観点からは、これを弱める方向で評価すべきものというべきである。
さらに、東京都の職員らは、平成八年一〇月ころから被告人らが本件土地上に中古の電器製品等を置いて本件土地を不法に占拠するようになって以降、時折、注意を与えていたのであるが、関係証拠によれば、その警告の内容は本件簡易建物建築の前後を通じて本件土地を明け渡すようにとの趣旨でなされており、同建物建築後も「不動産侵奪」ということについて指摘することなく、従前と同様の対応をしていた事実も、本件簡易建物の建築により必ずしも被告人らの占有態様が質的に変化したものとまでは考えていなかったことをうかがわせるものと評価することもできる。
以上に検討したところを総合すると、被告人らにおいて本件簡易建物(平成九年八月一日時点における性状のもの)を建てたことをもって、本件土地に対する東京都の占有を排除して被告人側の占有を設定した、すなわち不動産侵奪罪にいう「侵奪行為」があったと評価することには重大な疑問が残るものといわざるを得ない
との法律判断を示し、さらに
・・本件公訴事実は、平成八年一二月中旬ころに被告人らが本件簡易建物を建築したことをもって不動産侵奪罪に当たるとするものであるところ、・・亀有警察署により検証がなされた平成九年八月一日ころにおける本件簡易建物の形状等については明確な資料が存するものの、平成八年一二月ころの本件簡易建物の形状を直接裏付ける証拠がない・・
この点について、検察官は、j公園管理事務所の係員であったIの原審証言、同係長であったJの当審証言及び共犯者Aの供述等に依拠して、平成八年一二月ころの本件簡易建物の性状と検証時における同建物の性状とは本質的部分に変更はないものと推認できると主張する。これに対して、被告人は当審公判廷において、平成八年一二月中旬ころ本件簡易建物の建築に着手したときには、まず建物東側部分を作り、その後順次補強をしたり、西側部分を増築するなどして、最終的に平成九年八月までに検証時のような形状の建物になったものである、西側部分の増築をした時期については細かく覚えてはいないが、平成八年一二月中ではなく、翌九年に入っていたことは間違いない、などとして、要するに、平成八年一二月中旬における本件簡易建物の性状は検証時のそれと異なり、規模は小さく、構造面でもより強度の低いものであったとの趣旨を供述しているところ、捜査段階でも「本件簡易建物の西側部分を増築した時期は、東側の建築からかなり時間が経ってからだったような気がする。」旨述べていたもので、この点についての供述は一貫したものであるとも評価し得るものである
とし、平成八年一二月当時の本件簡易建物に関する証拠を検討し
まず、当審証人Jは、「自分は、当時j公園管理事務所管理係長として勤務していたが、平成八年一二月一〇日ころに本件土地上に建物が建てられているとの情報があり、その二、三日後現場を見に行った。同月一七日ころ、再度現場に行き、その二回目のときにポラロイドカメラで本件簡易建物につき二枚の写真を撮った。この写真撮影時の本件簡易建物と翌年の検証時のそれとはほぼ同一である。」旨証言する。そして、同人が撮影したとする右写真は、問題となっている平成八年一二月中旬ころにおける本件簡易建物の性状に関して最も客観的な証拠であるといえるのであるが、同写真を子細に見分しても、枚数が二枚と限定されている上、本件簡易建物をかなり遠方から撮影したものであり、さらに、撮影の角度の関係などもあって建物の西側増築部分があるか否かの点についてさえ、断定的な判断をすることができないものである。
また、Iの原審証言は、被告人らが平成八年一二月一〇日ころに本件簡易建物を作り始めたので、現場にいた被告人に注意をした。その建物は同月一四日には完成したが、それは平成九年八月の検証時における本件簡易建物と同様の状態であった旨供述するものであるが、右証言は、結論として建物の同一性を述べるものの、本件簡易建物建築の具体的な経過についてはほとんど触れるところがなく、しかも右に述べたように、この点に関するJの当審証言の信用性が十分でない以上、Iの原審証言の証拠価値も同程度のものにとどまるものと評価せざるを得ない。
なお、検察官の申請に基づいて当裁判所は、本件簡易建物の建築に関与して建築の経過をある程度知っているはずのAを取り調べたが、同人は、「リサイクルショップの商品が雨などで濡れないように被告人と相談の上、平成八年一二月一〇日ころだったと思うが、ホームレスらを使って本件簡易建物の建築を始めた。最初は、同建物の東側部分を作ったが、商品を収納し切れなかったことなどから、その後、西側部分を増築した。」ということは明言するものの、西側部分の増築がいつごろ完成したのかという点については、平成八年一二月中にできたと述べたり、同月中にはできておらず、完成したのは翌年に入ってからだったと思うと述べたりして、最終的には時期的なことについては自信を持って答えられないとの趣旨を述べているのであって、右証言をもって本件簡易建物の形状が平成八年一二月中旬ころと翌九年八月一日時点とでほぼ同一であると認めることは到底できないものである
と評価した上
以上の次第であって、検察官の指摘する各供述を検討しても、これらはいずれも前記被告人の当審公判供述を排斥するに足りるものではなく、そうすると本件起訴の対象となっている平成八年一二月中旬ころの本件簡易建物が、検証時のそれと構造や性状の上で本質的部分において同一であるとの立証はないことに帰着し、当時の本件簡易建物の形状は検証時のそれよりも更に規模が小さく、あるいは構造が強固ではないものであった可能性があるというべきであって、この点からも不動産侵奪罪の成立を認めるには証拠上合理的疑いが残り、犯罪の証明が十分ではないといわざるを得ない
と判示して、本件を無罪とし、被告人に関する部分の原判決を破棄した上自判し、被告人に対し懲役二年の刑を言い渡した。
四 上告申立ての趣旨
本件は、右翼団体の幹部である被告人が、かねてから別に都有地を不法占拠し東京都との立ち退き交渉を有利に展開しようともくろんでいたAと相謀って、本件土地上に新たに簡易建物を建築し、これをリサイクルショップの店舗兼倉庫として継続使用し利を図るにとどまらず、東京都に対する右既成事実を作り出して、右Aと共に立ち退き交渉を有利に展開させ、立ち退き料等の名下に東京都から多額の金員を喝取する意図を持って一気に敢行した占有侵奪意思が強固で態様悪質な事犯であって、社会正義上、到底許容されない犯行である。
しかるに、原判決は、右のような本件の真相を直視せず、不動産侵奪罪が財産罪であることを見失い、同罪にいう「侵奪」は、客体が不動産であるとはいえ窃盗罪同様他人の占有を犯すことによって成立するものであるという本質を見誤って、累次の高等裁判所の判例上定着している「侵奪」の成否に関する判断基準を著しく逸脱した本罪の解釈上到底認められない特異な要素を新たに加え、事実をこれに当てはめ、前記判断をしたものであり、累次の高等裁判所の判例に違反した上、不動産侵奪罪に係る刑法二三五条の二の解釈適用を誤った判決に影響を及ぼすべき法令違反を犯し、さらに、本件簡易建物の構造、規模及び被告人らが同建物を建築するに至った真意、背景事情等本件の実態を看過して、事実の認定、評価を誤った判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認も犯しており、これらを破棄しなければ著しく正義に反する。
さらに、原判決が、本件起訴の対象となっている平成八年一二月中旬ころの本件簡易建物が平成九年八月一日の検証時のそれと同一であることの証明がないとしたのは、明らかに関係証拠の取捨選択、評価を誤ったことによるものであり、この点においても判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する上、自由心証主義の許される限界を超えて経験則に反する証拠の取捨選択及び評価並びに事実認定をした点において最高裁判所及び高等裁判所の判例に違背している。
以下、本件上告理由の詳細を述べるものであるが、本来、法律判断の前提となる事実については冒頭に論じるべきところ、原判決は、本件について、前記のとおり、平成九年八月の検証時に存在した本件簡易建物が起訴に係る平成八年一二月中旬当時のそれと同一のものであると仮定した上で独自の法律解釈を展開して本罪の成否に関する判断を先行させ、その後、起訴に係る平成八年一二月中旬に本件簡易建物が存在したか否かに関する事実判断をして前記結論を導いている。そこで、原判決の判断の順序に従い、まず、本件の簡易建物建築行為が「侵奪」に該当するか否かの判例、法律の解釈適用及びこれに付随する事実の判断について検討し、次いで、平成八年一二月中旬に本件簡易建物が存在したか否かに関する事実の判断について検討し、原判決の不当性を論証する。
第二本件簡易建物建築行為が不動産侵奪罪にいう「侵奪」に該当しないとの原判決の判断の誤り
一 不動産侵奪罪の意義及び「侵奪」の成否に関する判断基準
本罪は財産領得罪であり、かつ、財物に対する奪取行為、すなわち、被害者の占有を排除して財物を自己又は第三者の占有に移す行為を内容とし、動産を客体とする窃盗罪と同種の犯罪類型として位置付けられているのであるから、不動産侵奪罪に係る刑法二三五条の二の解釈適用に関しては、客体が不動産であることから招来される当然の異なる解釈は別として、被害者及び加害者の占有の概念、占有侵奪ないし財物奪取の成否等については、窃盗罪と同一に理解すべきである(大コンメンタール刑法第九巻二九一頁)。
また、刑法上の占有は、財物に対する事実上の支配をいい、事実上の支配は占有の意思とその客観化としての支配の事実とで構成され、どのような場合にその財物に対する事実上の支配があるかは、財物に対する占有の意思とその客観化としての支配の事実を表す諸事情を総合的に考慮し、社会通念ないし一般慣習によって決するものとされている(最高裁判所昭和三二年一一月八日第二小法廷判決・最高裁判所刑事判例集第一一巻一二号三〇六一頁)。
そして、不動産侵奪罪にいう「侵奪」とは、不法領得の意思をもって不動産に対する他人の占有を排除しこれを自己の支配下に移すことであり、いかなる行為があったときに「侵奪」に当たるかの判断基準(「侵奪」の成否に関する判断要素と判断方法)は、「具体的事犯に応じ、不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、程度、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などを総合的に判断して社会通念に従って決しなければならない。」とされ(大阪高等裁判所昭和四〇年一二月一七日判決・高等裁判所刑事判例集一八巻七号八七七頁)、右「侵奪」の成否の判断基準は、具体的事件への適用を通じて累次の高等裁判所判決によりその内容が明確化され、裁判上の指針として定着している。
このように本罪の罪質、占有の概念及び累次の高等裁判所判例等を踏まえてこれを理解すれば、右判断基準の検討に当たっては、犯人側の目的・意図、被害者側への対応等の事情を、不法領得の意思を裏付けるのみならず、右「占有侵奪の方法、態様、程度」、「占有排除及び占有設定意思の強弱」等の各判断要素を裏付ける事情として重視すべきであり、本件のように土地の上に建築物を築く方法による不動産侵奪事犯においては、単に当該建築物の形状のみならず、建築の目的・意図、利用・管理状況等も右「占有侵奪の方法、態様、程度」、「占有排除及び占有設定意思の強弱」の検討に当たって十分考慮すべきである。これに対し、被害者側の犯罪被害の認識・対応状況、当該不動産に対する占有管理状況等の事情は犯罪の成否とは無関係であり、いずれも「侵奪」の成否判断の要素となり得ないことは明らかである。同種事犯に関する累次の高等裁判所判決も、本罪の成否につきいずれも右解釈及び判断基準を前提として「侵奪」の成否を判断しているのである。
しかるに、原判決は、以下に述べるように、本罪の解釈適用に当たり、その意義・本質を曲解し、本件の「侵奪」の成否の判断に当たって、被告人らの目的・意図、本件簡易建物の利用・管理状況を全く考慮しない誤りを犯す一方、累次の高等裁判所では判断基準の要素とされていない、土地への定着性及び本格建築性(建造物性)、被害者側の当該不動産の占有管理状況等本罪の成否と全く無関係な被害者側の事情や居住設備及び居住目的を判断要素に挙げ、本件の「侵奪」の成否を判断する誤りを犯したものである。
二 原判決の判断は刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用に関する高等裁判所の判例に違反している
1 不動産侵奪罪の「侵奪」の成否に関する高等裁判所の判例
本罪の「侵奪」については、まず、前記大阪高等裁判所昭和四〇年一二月一七日判決が、「不動産の種類、占有侵奪の方法、態様、程度、占有期間の長短、原状回復の難易、占有排除及び占有設定意思の強弱、相手方に与えた損害の有無などの判断要素を総合的に判断して社会通念に従って決しなければならない」旨、侵奪の成否の判断基準(判断要素と判断方法)を示し、その後累次の高等裁判所判決によって、この判断基準が定着したものであるが、これらによると、<1>当該建築物の土地への定着性及び本格建築性(建造物性)、<2>被害者側の当該不動産に対する占有管理状況、<3>居住設備及び居住目的は、いずれも「侵奪」の成否に関する判断要素とはなっていない。
(一) 土地への定着性及び本格建築性(建造物性)について
土地への定着性及び本格建築性(建造物性)については
<1>広島高等裁判所昭和四四年六月二六日判決(刑事裁判月報第一巻六号六四四頁)は、かねて国有地上に管理者に無断でバラックを建てて使用していた者が、立ち退き勧告を受けたため、この立ち退き交渉を有利に展開しようとの意図の下に、隣接国有地にあるコンクリート製防火用水槽枠を建物の土台として使用し、この防火用水槽枠の土台上に古材を渡し、底板を釘付けにして固定し、屋根はトタンで葺き、柱は一メートルの間隔をもって四、五センチメートル角のたる木を使用し、これに古材板若しくはトタンを打ち付けて外壁となし、天井及び内壁はいずれもベニヤ板を張り、内部に炊事場、便所等を設けるなどした形状の面積一九・八二平方メートルの平屋建てバラックを移築した事犯に関し、「全体的にみて有り合わせの材料を用いて急場しのぎに造ったバラック建築ではあるが、一時的な物置小屋や材料置場など比較的労力を要せずして撤去し得る仮設建築物とは本質的に異なる・・本件建物の移築の経緯も・・無断で本件国有地に建物を移築し、しかる後に当局と交渉を持つほうが有利にことを運ぶことができ、交渉が最終的に失敗に帰した場合にも、右土地に住めるだけ居座るという配慮の下に移築を敢行した事情にあり、・・財務局からの数度にわたる土地明渡しの催告を無視して移築建物に居住し・・これらの事実によれば、被告人において、移築建物を早々に撤去する意思で本件国有地に一時的に移築したものとは到底認めることができない。」
<2>福岡高等裁判所昭和三七年七月二三日判決(高等裁判所刑事判例集第一五巻五号三八七頁)は、かねて国有地上に無断で豚小屋を建てて使用していた者が、同豚小屋を取り壊し、居住目的で豚小屋の古材を使用して同土地上に六畳一間と押し入れ程度の構造の人がかろうじて住めるバラックを建築し、同バラックの建築行為につき不動産侵奪罪に問われた事犯に関し、「豚小屋は床、屋根、柱、板囲により造作されていた相当恒久的な建物であり、・・右(豚小屋建築による国有地の)占有は他人の不動産の単なる一時的な占有の妨害ではなく、(バラックの建築に先行して既に)占有の侵奪と認めるのが相当である。」
として、それぞれ土地に固定されていない、コンクリート枠上にのせただけの平屋建てバラックの建築行為、本格建築でない六畳一間程度の豚小屋の建築行為につき不動産侵奪罪の成立を認めている。
(二) 被害者側の当該不動産に対する占有管理状況について
被害者側の不動産に対する占有管理状況については
<3>東京高等裁判所昭和四〇年九月一五日判決(東京高等裁判所判決時報(刑事)第一六巻九・一〇号一八一頁)は、公有水面(東京湾)を埋め立てて造成された広大な都有地(四万七四八三平方メートル)の一部に無断で残土を投棄してこれを占拠した事犯に関し、弁護人の、東京都は本件土地につき標識その他第三者に東京都の管理下にあることを認めさせる方法を講じなかったから東京都は侵奪されるべき占有を有していたとすることはできないとの主張に対し、「不動産侵奪罪における占有は事実上の支配であることをもって足り、必ずしも標識等の明認方法を講ずることを要するものではない。」
と判示している。この判決は、前記のとおり、本罪は、その意義、罪質にかんがみ、「侵奪」の成否判断に当たって被害者側の当該土地の管理状況は問うところでないことを前提としているものである。
(三) 居住設備及び居住目的について
前記<2>の福岡高等裁判所判決は、居住設備のない豚小屋の建築も土地の侵奪行為になると判示し、さらに
<4>東京高等裁判所昭和四四年二月二〇日判決(東京高等裁判所刑事裁判速報一七〇二号)は、他人の土地に無断でビルを建築してこれを侵奪しようとした事犯に関し、ビル建築工事のための板塀の建築自体が土地の侵奪行為に当たる
と判示している。
2 判例違反
(一) 土地への定着性及び本格建築性(建造物性)について
原判決は、本件簡易建物の土台が角材を土地の上に置いただけのもので基礎工事がなされていないこと、言い換えれば建築物が土地に定着していないことをもって「土地の定着物としての面が弱い」とし、これを本件「侵奪」の成否判断の重要な要素としている。
しかしながら、建築物の土地への定着性は累次の高等裁判所判例では「侵奪」の要素とはしておらず、前記<1>の広島高等裁判所判決は、コンクリート製防火用水槽枠の上にバラックを乗せた行為をその定着性を問題とすることなく「侵奪」に当たると判示しており、原判決は明らかにこれら判例に相反して特異な判断要素を持ち込み、「侵奪」の成否の判断基準を不当に変更したものである。
なお、最高裁判所昭和四二年一一月二日第一小法廷決定(最高裁判所刑事判例集第二一巻九号一一七九頁)は、他人所有の土地を、所有者の黙認の下に板塀で囲み、上部をトタン板で覆って建築資材等の置場に一時使用していたところ、台風でこれが倒壊後、所有者の制止に反してブロック塀を建築しトタン板で覆って倉庫とした事犯につき、この行為が「侵奪」に該当することを認めているが、これは所有者の意思に反し、黙認されていた一時使用の資材置場の程度を超えた建築物を建築する行為は「侵奪」に該当すると認定したものであって、ブロック塀が土地に固定されたものであるがために「侵奪」に該当するとしたものではなく、前記高等裁判所判例と矛盾するものではない。
次いで、原判決は、本件簡易建物が構造上屋根や壁に相当する部分にビニールシートや廃材を使っているだけで、ほぞとほぞ穴とを使用する本格建築の組立手法をとっていないことなどから、堅固ではなく「建造物」として十分ではないとして、本格建築性(建造物性)を「侵奪」の成否の判断要素としている。
しかしながら、累次の判例が建築物の本格建築性(建造物性)を「侵奪」の成否の判断要素としていないことは、前記<1>の広島高等裁判所判決及び<2>の福岡高等裁判所判決の各事犯における建築物が、いずれも二〇平方メートル弱の小規模なバラックや六畳一間程度の豚小屋で、その構造や規模は本件簡易建物よりはるかに小さく到底原判決のいう本格的な建築物や建造物とはいえないことでも明白であり、原判決は、明らかにこれら判例に相反して特異な判断要素を持ち込み、「侵奪」の成否の判断基準を不当に変更したものである。
(二) 東京都側の本件土地の占有管理状況について
原判決は、本件簡易建物の建築前に被告人らが本件土地の占有を始めてからも東京都側は強い警告をせず東京都側の本件土地の管理状況が緩やかであったとして、東京都側の本件土地管理状況を「占有排除及び占有設定意思の強弱」、「相手方に与えた損害の有無」の判断に当たっての重要な要素としている。
しかしながら、前記<3>の東京高等裁判所判決は、本件土地と比較してより管理が緩やかであったと考えられる公有地を不法占拠した事犯について、被害者側の土地の占有管理状況は問題ではなく、事実上の支配があれば足りるとして本罪の成立を認めている。したがって、原判決は、本罪の解釈上認められない東京都側の本件土地に対する占有管理状況を殊更重視して「占有排除及び占有設定意思の強弱」等に結び付け、明らかにこれら判例に相反して特異な判断要素を持ち込み、「侵奪」の成否の判断基準を不当に変更したものである。
(三) 居住設備及び居住目的について
原判決は、本件簡易建物は人が生活するための設備等は一切なく人の居住する目的がなかったとして、これを「原状回復の難易」や「被告人の占有設定意思の強弱」の判断に当たっての重要な要素としている。
しかしながら、前記<2>の福岡高等裁判所判決は、居住設備のない豚小屋も土地の侵奪行為に該当すると判示し、また、前記<4>の東京高等裁判所判決は、ビル建築工事のための板塀の建築自体が土地の侵奪行為に該当すると判示しており、土地の上に建築物を築く方法による不動産侵奪事犯において、建築物の居住設備や犯人の居住目的は「侵奪」の成否判断の要素でないことは明らかである。したがって、原判決は建築物の居住設備及び居住目的を殊更強調して「原状回復の難易」や「占有設定意思の強弱」に結び付け、明らかにこれら判例に相反して特異な判断要素を持ち込み、「侵奪」の成否の判断基準を不当に変更したものである。
むしろ、「侵奪」の成否に関する判断要素の「現状回復の難易」、「占有設定意思の強弱」の観点から建築物の使用目的等を検討するならば、本件において被告人らは、本件簡易建物をリサイクルショップの店舗等として継続的に使用するとともに、東京都から立ち退き料等の名下に金員を喝取するまでは退去しない意図で敢行したのであるから、被告人らの占有設定意思は極めて強固であったというべきであり、前記<1>の広島高等裁判所判決が「本件建物の移築の経緯も・・無断で本件国有地に建物を移築し、しかる後に当局と交渉を持つ方が有利にことを運ぶことができ、交渉が最終的に失敗に帰した場合にも、右土地に住めるだけ居座るという配慮のもとに移築を敢行した事情にある」と判示してこれを「侵奪」と認定していることからも、原判決の判断がこれら判例に相反することは明らかである。
(四) 原判決は、「侵奪」の成否について、犯行状況の全体を総合的に考察せず、社会通念に従って判断していないことについて
当該行為が不動産侵奪罪の侵奪行為に当たるか否かは、累次の高等裁判所判例によって明確化され裁判上の指針として定着した「侵奪」の成否の判断基準に則し、社会通念に従って総合的に判断しなければならない。その場合、本罪の本質は当該不動産に対する権利者の占有を保護法益とし、これを侵害する者を処罰することにあるので、侵奪の手段となった本件簡易建物の完全性や居住目的に捕らわれることなく、建築経緯、動機、使用状況など本件犯行そのものを主観・客観の両面から総合的に考察し、社会通念に従って、同建物を建築することによって管理者である東京都の占有を侵害したと認められるか否かを判断すべきである。
そこで、本件簡易建物が、基礎工事がなく土台が土地に定着しておらず、資材も大部分が古材や廃材で、東西南各面の壁部分は柱に貫板を釘打ちするなどして固定し、ビニールシートで覆った形状の建築物ではあるが、第一審判決が認定したとおり縦横約一〇センチメートルの角材を土台及び柱とし、これらの角材を三角状に切った隅切板や貫板などを釘打ちするなどして堅固に固定し、壁部分は戸板やアコーデオンカーテン、ベニヤ板、カーペットなどをばん線で柱に固定するなどした建築面積約六四・三平方メートル、高さ三メートル弱の建築物であること、被告人らは東京都職員の建物撤去の警告を無視して本件簡易建物を建築したこと、リサイクルショップの店舗兼倉庫として長期間継続的に使用するとともに、右翼団体等の組織力を背景に東京都側から本件土地に隣接する「gアパート」等と併せて立ち退き料等名下に金員を喝取しようとの意図を持って本件犯行に及んだこと、建築後、その内部のみならず周囲にも多数の電器製品を並べ電気も引いた上、東京都の再三にわたる警告を無視して付近に電器製品の販売を広告する看板を立て、電柱にも広告文を巻き付けるなどして本件検挙に至るまでの約八か月間にわたり、大々的にリサイクルショップの営業を続けていたことなどの本件実態を総合し、社会通念に従って考察すれば、被告人らが本件簡易建物を建築した行為が、前記「侵奪」の成否の判断基準を優に満たし、「侵奪」に該当することは明らかである。
しかるに、原判決は、前記累次の判例で判断要素とされていない建築物の土地への定着性、本格建築性(建造物性)、居住設備及び居住目的の有無、被害者側の管理状況等の各事項を新たに加えてこれを「侵奪」の成否の判断要素とした上、各要素を総合的に検討し社会通念に従って判断することをせず、前記各判例に反して、被告人らの本件行為を「侵奪」に当たらないと判断したものであって、原判決がこれらの判例に相反していることは明白である。
三 原判決の判断には刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用を誤った法令違反がある
1 不動産侵奪罪の解釈
不動産侵奪罪は、財産犯であり、不動産の権利者が当該不動産を法律で許される権利の範囲内で自由にこれを使用し、ここから収益することができることを保障し保護することを目的として設けられた規定であり、不動産に対する不法占拠を、動産に対する窃盗罪と同様の財産犯として処罰することとしたものである。したがって、その解釈適用に当たっては、客体が不動産であるということから来る性質上の違いはあるものの、基本的には窃盗罪と同様に論ずべきものである。
したがって、不動産侵奪罪の成立要件は、窃盗罪と同様、まず客観的要件として、他人の意思に反して目的物たる不動産上の占有を排除し、これを自己の占有に取り込んで自己の占有を設定することが必要であり、主観的要件として、その故意及び不法領得の意思、すなわち一時使用の目的でなく、その不動産を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用若しくは処分する意思が必要である。
そこで、本罪を具体的事犯に解釈適用するに当たり、まず客観的要件たる侵奪行為については、占有侵奪の手段、方法、態様、程度、占有支配の長短、原状回復の難易等が判断要素とされ、主観的要件として、占有排除及び占有設定の意思の強弱を含めてその故意のほか、不法領得の意思として、一時使用の目的でないこと、その不動産を単に毀棄する目的でなくその経済的用法に従ってこれを利用する意思であることなどが判断要素とされるのである。
他人の土地上に無断で障害物を設置してその土地の効用を害し、その土地の権利者をしてその使用を不可能又は困難ならしめる形態の行為については、その障害物が、例えば家庭ごみや自転車数台を投棄したというような少人数の力で容易に除去できる程度のものである場合は別として、それ以上の労力を要し、あるいは相当の費用を要する場合は、特段の事情がない限り、本罪にいう侵奪行為に当たるといわなければならない。また、その障害物がその土地に定着しているかどうかも、それ自体が不動産侵奪罪にいう「侵奪」行為の要件ではなく、その障害物を除去する場合の困難性を判断する一要素となるにすぎない。確かに土地に定着している物は、より一層除去が困難になるけれども、その障害物自身が相当の大きさと重量を有し、少人数では容易に除去できないものであるときは、当初から定着性など問題になりようがない。
したがって、例えば、不動産侵奪罪の成立を認めた大分地方裁判所平成七年三月二三日判決の事犯のように、スクラップ自動車約三〇台、古タイヤ数十本、建築廃材多数等(以下、「スクラップ自動車等」という。)を有する者が、同スクラップ自動車等の保管場所として多少とも長期間(一時使用の目的ではなく)使用する目的で、他人所有の土地上に、多数回にわたり、無断でスクラップ自動車等を搬入したときは、スクラップ自動車等は土地に定着していないものの、被害者である土地所有者にとってはその除去に多大の労力を要するのであって、現にそのスクラップ自動車等が保管されている土地の部分については、スクラップ自動車等の保有者がその部分の占有を確立しており、土地所有者の占有が排除されて、その使用・収益権を害されていることは明らかなのであるから、不動産侵奪罪にいう「侵奪」に当たることはいうまでもない。
そして、本件のような他人の土地上に建築物を築く方法による不動産侵奪事犯のほとんどが本件同様に短期間のうちにバラックを建築する事犯である一方、悠長にほぞとほぞ穴を使用するなど本格建築の組立手法を採るような事犯は皆無に等しく、この点からも、本罪をこの種事犯に解釈適用するに当たり、本格建築性(建造物性)を「侵奪」行為の要件とすることはできない。
累次の高等裁判所の判例が建築物の土地への定着性や本格建築性(建造物性)などを全く判断要素にしていないのは、至極当然のことなのである。
2 刑法二三五条の二の不動産侵奪罪の解釈適用の誤り
原判決は、本罪を本件に解釈適用するに当たり、本罪の客観的要件及び主観的要件の解釈を誤った上、社会的通念に従った総合的判断を怠ってその適用を誤っている。
すなわち、本件について、まず「侵奪」の客観的要件について検討すると、前記のとおり、被告人らは約一一〇・七五平方メートルの東京都の土地に約六四・三平方メートルに及ぶ堅固な本件簡易建物を建築した上、東京都職員の建物撤去の警告を無視して摘発されるまでの約八か月間もリサイクルショップの店舗兼倉庫として継続的に使用していたのであって、本件土地に対する占有侵奪の手段、方法、態様、占有期間の長さ、原状回復の難易等にかんがみると、本件簡易建物の建築が「侵奪」の客観的要件を満たしていることは明らかである。しかるに、原判決は、「侵奪」と評価するためには土地に定着した本格的な建物であることを要するとの独自の解釈により、被告人らが、太い木材多数を集め、取り除くにも一般人であれば丸一日を要するような本件簡易建物を、数人掛かりで数日掛けて造り上げた行為を、少人数で容易に撤去可能なテントを設置したと同程度のものと判断して「侵奪」に当たらないとしたのである。
また、主観的要件について検討すると、前記のとおり、被告人らは、本件簡易建物をリサイクルショップの店舗兼倉庫として長期間継続的に使用する意図とともに、右翼団体等の組織力を背景に東京都側から本件土地に隣接する「gアパート」等と併せて立ち退き料等名下に金員を喝取するまでは本件土地を占有し続けようとの意図を持って本件犯行に及んだもので、一時使用の意思など微塵もなく、その経済的用法に従い継続的に不法占拠する意思が極めて強固かつ悪質であったことは明らかである。しかるに、原判決は、独自の解釈からこのような主観的要件を全く無視し、「侵奪」に当たらないとしたのである。
したがって、原判決が、本罪の解釈適用を誤り法令に違反したことは明白で、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
四 原判決には、「侵奪」の認定につき重大な事実の誤認がある。
既に検討したとおり、本件簡易建物の建築は、関係証拠を総合的に社会通念に基づき考察すれば、判例の示す「侵奪」の成否に関する判断基準である「占有侵奪の方法、態様及び程度」、「占有期間の長短」、「原状回復の難易」、「占有排除及び占有設定意思の強弱」、「相手方に与えた損害の有無」等のいずれの要素も満たしていることは明らかであるにもかかわらず、原判決が、本件が「侵奪」に該当しないとしたのは、重大な事実の誤認である。
以下、前記判例違反の項で述べたことに補足して論証する。
1 占有侵奪の方法、態様及び程度についての事実誤認
原判決は、占有侵奪の方法、態様及び程度につき、「本件簡易建物は建物の強固さの観点からみれば、木枠があるだけの建造物にすぎない」とし、「本件簡易建物は解体業者によって約一時間で取り壊されてほとんど跡形もなくなってしまったということも併せ考えると、・・被告人らによる本件土地に対する占有侵害の態様は・・高度のものとは言い難い」旨判示しているが、自由心証の枠をはるかに超えて事実に対する評価を誤った事実の誤認である。
すなわち、本件簡易建物の性状については、その建築資材としては、古材や廃材を用いているものの、これらは、いずれもバラックを建築するのに十分な耐久性を有するものである上、その基本構造は、断面が縦横約一〇センチメートルの多数の角材を土台とし、その上に同様の寸法の角材計一四本を立てて柱とし、土台や柱は要所を平板又は三角状に切った隅切板を釘打ちし土台として接合し、柱の上部には貫板を釘打ちするなどして桁や梁として強固に結合されており、北側外壁はフェンスや柱にばん線で縛るなどしてアコーデオンカーテンや戸板等を取り付け、屋根部分はたる木多数を梁に釘打ちするなどし、その上を風雨にも強く容易には破損し難い建築用ビニールシートで覆い、更に平板を釘打ちして固定するなどしているものであって、間口一一メートル余り、奥行き約五メートルで、建築面積は計六四平方メートルに及び、重量も相当あって、高さは約二・七メートルあり、全体として相当強固なものと認められ(検証調書・記録四〇七丁の四五ないし二〇七)、さらに、本件簡易建物を、平成九年九月一一日解体業者によって解体撤去したが、この作業は解体専門作業員六名が一時間余りを要しており、素人であれば丸一日程度も掛かるものであった(捜査報告書・記録四〇七丁の一○二八ないし一〇三〇)などの事実を総合的に社会通念に基づき判断すれば、第一審判決が正当に評価しているとおり、本件簡易建物は相当強固な性状で広く公園内の土地を占拠したものであって、侵奪程度は極めて高く、原状回復も相当困難であったことが認められるのであり、原判決が占有侵奪の程度が高度ではないと評価したのは、社会通念に反した重大な事実の誤認である。
2 占有排除及び占有設定意思の強弱についての事実誤認
原判決が、被告人らが、前記のとおり、本件簡易建物を建築してリサイクルショップを継続的に営業するとともに東京都から立ち退き料等名下に金員を喝取しようとの意図を持って、本件に及んだものであったことを正当に評価せず、被告人らの占有侵害の意思は弱いと判示しているのは、社会通念に反した重大な事実の誤認である。
(一) すなわち、本件は、Aにおいて、本件土地のある公園敷地北側に接する大場川河川敷に、管理者である東京都に無断で数棟のバラックを建てて使用していたほか、本件土地に隣接した公園予定地内の「gアパート」を、所有者K(本件当時はその相続人Lほか一名所有)から貸金の担保に預かっているとして占拠していたために、大場川河川敷のバラックについては東京都から、「gアパート」については東京都と右所有者から、いずれも立ち退きを迫られ、その交渉中に、被告人が右Aに本件簡易建物の建築の相談を持ち掛けたことから犯行に至ったものである。
この状況について、被告人は、「西側部分を増築する際にAに相談したところ、Aが空き地全体に建てれば良いと言った。(こう言ったのは)空き地全体に建物を建てれば、それだけ都も困り、大場川やgアパートの関係でもそれだけ都に圧力をかけられるからである。本件簡易建物を建築したのは、私も単にリサイクルショップのことだけではなく、Aが大場川やgアパートの件で都から金を得た場合、少しくらい分け前を手にすることができるのではないかという気持ちがあったからである。」、「Aは、そのころ、私が面倒をみていたホームレスの男たちに一人当たり二〇〇万円の同和関係の営業資金の融資が受けられるという話を持ち掛けていたこともあり、私は、Aがリサイクルショップにかこつけて同和関係の資金の融資を受けさせ、手数料として半分を取るつもりだと考え・・」旨供述し(被告人の検面調書・記録四〇七丁の六〇六、六一〇ないし六一二)、また、Aも本件の動機につき、「gアパートは私が貸金のカタに押さえていた建物で、東京都の用地買収の対象となっていた。Y(被告人)はホームレスを使ってリサイクルショップをやりたいと相談に来たので、Yのしのぎになればいい・・Yの商売を助けたいという気持ちとともに、gアパートの立ち退きに際して、立ち退き料を上積みさせたいという気持ちなどから協力してやった・・」旨供述しており(Aの検面調書・記録四〇七丁の五八一ないし五八五)、被告人らが立ち退き料等名下に金員を喝取する意図を持って本件犯行に及んだことは明白である。
(二) また、被告人らは、建物撤去などを求めたIらを追い返し、本件簡易建物に日中ホームレスらを常駐させて、同建物内のみならず本件土地全体に電気冷蔵庫、洗濯機等の中古電器製品を置き、建物壁面や柱に広告を掲示するなどしてリサイクルショップを営業し続ける一方、東京都に対しては代替地の斡旋を執ように要求して本件簡易建物の撤去に応じようとしなかったこと(Iの第一審証言・記録四〇八丁の二五ないし三八、Tの第一審証言・記録四〇八丁の七一ないし七三)などを勘案すると、被告人らが、強引に本件簡易建物を建築して、リサイクルショップを営業し続け、本件土地の不法占拠を継続する強力な意思を持っていたことは明らかである。
しかるに、原判決はこの本件の悪質な犯行動機、強固な占有意思のあることを全く判断しなかったのであり、社会通念に反し、総合的考察を怠った重大な事実の誤認といわざるを得ない。
五 原判決の法令違反及び重大な事実の誤認は、これを破棄しなければ著しく正義に反する
原判決の、「侵奪」の成否に関する事実判断及び本罪に係る刑法二三五条の二の解釈適用には重大な誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、本件につき不動産侵奪罪が成立しないとすることは著しく正義に反する。
本件は、前記のとおり、被告人らが、公園管理事務所係員が被告人らを畏怖しているのに乗じて本件簡易建物の建築を強行し、これをリサイクルショップの店舗兼倉庫として継続的に使用するとともに、既成事実を作り出して東京都から立ち退き料等名下に金員を喝取しようとの意図を持って、都有地の一角に、東京都の警告を無視して本件簡易建物を強引に建築した上、再三にわたる東京都の退去要求に従わず、摘発されるまでの約八か月間も本件簡易建物でリサイクルショップを大々的に営み続けた、占有侵奪意思が強固で、法秩序を無視し、これを踏みにじった態様極めて悪質な犯行であって、当然のことながら刑罰をもって厳正に対処すべき事犯である。
1 本罪の立法趣旨に反すること
そもそも、本罪は、無権利者が管理の手薄な他人の土地や建物を不法占拠し、短時間で応急的なバラックなどを建てて店舗などに使用し、あるいは住み着くなどして、既成事実を作った無法者が得をするという戦後の混乱が続いていたことを契機として、このような行為を処罰して法秩序を維持するため、昭和三五年に立法化されたものである(第三四回国会参議院法務委員会会議録第一二号)。
本件は、前記のとおり、違法な利欲的動機を持って敢行された悪質事犯であり、正に本罪をもって処断すべき典型的事犯である。係る不法行為が本罪により処罰されない結果となる原判決のような解釈適用は、右立法趣旨を没却するものであって著しく正義に反する。
2 本罪を適用しなければ法秩序が維持できないこと
周知のように、近時、公有地である公園、河川敷等に無断でバラックなどの建築物を建てて住み着く者が増加している。このような違法建築物は法令による撤去手続の対象となり得るものであるが、行政手続は原状回復を目的とするものであって違法行為の鎮圧予防という側面からはおのずと限界があるため、このような行政手続上の弱点を悪用して不法占拠を敢行する本件のような悪質事犯に対しては、本罪の適用以外に有効な手段はない。
したがって、原判決のような解釈適用の下に本件が処罰されないとなれば、これら悪質事犯を助長して社会に重大な被害を及ぼし、社会秩序の維持に重大な支障を来すことは明らかであり、著しく正義に反することは明らかである。
第三平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物と平成九年八月の検証時のそれとの同一性に関する原判決の判断の誤り
原判決は、公訴事実に係る平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関し、これが平成九年八月の検証時のそれと同一であることを裏付ける共犯者Aの供述及びj公園管理事務所職員のJ及び同Iの供述の証拠価値を低く評価する一方、これを否定する被告人の供述を高く評価して、「構造や性状の上で本質的部分において同一であるとの立証はないことに帰着し」と判断しているが、右判断は、右関係者及び被告人の各供述の評価を誤った結果導かれたものであり、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。また、右事実判断は、自由心証の許される限界を超えて経験則に反する証拠の取捨選択及び評価並びに事実認定をした点において最高裁判所及び高等裁判所の判例に違背している。
一 平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関する重大な事実誤認
原判決は、起訴に係る本件簡易建物の形状に関し、要するに、平成九年八月の検証時にみられる本件簡易建物全体がいつころ完成したか、すなわち、同建物と起訴に係る平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物とが同一と認められるかとの視点からこれを論じ、右検証調書以外には、Aの原審証言、Jの原審証言、Iの第一審証言、被告人の原審供述、平成八年一二月一七日ころ撮影の本件簡易建物のポラロイド写真のみを証拠とした上、同ポラロイド写真や右Aらの証言は信用できないとしながら、被告人の原審供述には信用性を認め、被告人の不自然不合理な弁解を排斥し難いとして、起訴に係る本件簡易建物の形状に関する立証がないと結論付けている。
しかし、原判決が本件簡易建物の形状に関する判断資料として掲げた証拠は関係証拠の一部にすぎず、原判決は、他の有力証拠を看過し、これとの対査照合による証拠価値の判断を怠っている上、摘示した各証拠の価値判断も著しく不合理で経験則に反しており、重大な事実の誤認がある。
1 公訴事実に係る平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関する証明は十分である
被告人らが平成八年一二月一〇日ころ本件簡易建物の建築を開始したことは、関係証拠から明らかである。
次に、まず本件簡易建物東側部分の完成時期について検討すると、被告人は、捜査段階において、「平成八年一一月ころ、Aに本件簡易建物を建築する相談を持ち掛け、その後、近くの解体工事現場から出る廃材をもらってきたり、hから中古の建築資材や青色シートを買ったりして材料を集め、平成八年一二月一〇日ころの午前中からホームレスのM、N、Oを使って建築を開始し、その日のうちに東側部分を完成させた。」旨供述し(被告人の検面調書・記録四〇七丁の六〇一ないし六〇五)、また、Aも、捜査段階において、「東側部分の建築を開始したのは平成八年一二月一〇日ころで、その日は朝からホームレスらと夜遅くまで作業して骨組みを完成させ、その後一、二日後までの間にY(被告人)がビニールシートの屋根を付けて東側部分を完成させた。」旨供述している(Aの検面調書・記録四〇七丁の五九〇ないし五九二)ほか、被告人は、第一審公判廷においてもこれらに符合する供述をしている(記録四〇八丁の一〇一)ことから、平成八年一二月中旬ころと認められる。
次に、本件簡易建物の西側部分の建築を開始した時期及び完成した時期について検討すると、Aは、捜査段階において、「東側部分が完成した後、商品が入り切らなかったので被告人に増築の話を持ち掛け、東側部分ができてから何日も経たないころ、私がホームレスの男たちを使って西側部分の増築を開始し、これも一日ではできなかったが、骨組みを作り上げ、その数日後までの間にY(被告人)がビニールシートの屋根を付けて完成させた。」旨供述し(Aの検面調書・記録四〇七丁の五九〇ないし五九三)、原審公判廷においても、「西側部分も含め本件簡易建物全体が完成したのは平成八年一二月中であった。」との供述を維持している。Aの原審公判廷における右証言には年月の経過に伴う記憶の減退がみられるものの(同証言の信用性については別途検討する。)、この点につき、同人が被告人と利害関係を同じくする立場であることにかんがみると、右Aが殊更虚偽の供述をしたり捜査機関の誘導に迎合して供述したものとは考えられず、同人の右各供述の信用性は高い。そして、右供述に本件簡易建物(東側)の建築が開始されたのは平成八年一二月一〇日ころで同月中旬ころ西側部分も完成したとのJとI等の供述や本件簡易建物を撮影したポラロイド写真等を総合すると、本件簡易建物の西側部分すなわち本件簡易建物全体が完成したのは、平成八年一二月中旬であり、Aの右原審証言を考慮しても、平成九年八月の検証時にみられる本件簡易建物全体は遅くとも平成八年一二月中には完成していたことは明らかである。
このことは、被告人らの資材の調達状況からも裏付けられる。
すなわち、被告人及びAは、平成八年一一月ころ、本件土地上に本件簡易建物を建築しようと相談し、資材が不足していたので、被告人が解体工事現場から出る戸板などの廃材を有限会社iからもらってきたり、建材会社「h」から二十数本のたる本など中古の建築資材やビニールシートなどを購入して準備し(被告人の検面調書・記録四〇七丁の六〇二ないし六〇四、Aの検面調書・記録四〇七丁の五八六ないし五八九、Sの員面調書・記録四○七丁の四五七ないし四五九、Pの員面調書・記録四〇七丁の四六四、四六五)、これを使って、平成八年一二月一〇日ころ本件簡易建物の東側部分の建築を開始し、間もなくしたころ同部分を完成させた。しかし、同部分だけでは商品も入り切らないので、続いて、被告人とAは「有るだけの材料で建てよう」と再度相談して西側部分を増築することにしたが、資材が足りなかったので、新たに右Aが資材を購入したり配下のQをして同人の知人のRに二トントラックでベニヤ板などの建築資材を現場まで運んできてもらったりして資材を調達し(Aの検面調書・記録四〇七丁の五九三ないし五九四、被告人の検面調書・記録四〇七丁の六〇七)、これらの資材を使って西側部分を完成させた(被告人の検面調書・記録四〇七丁の六〇八)のであり、本件簡易建物は、東側部分も西側部分も、その都度、一括して資材を調達し、建築開始から継続して工事し完成させたことが認められるのである。
したがって、被告人らは、まず本件簡易建物の東側部分を建築するに当たり、前もって右hや有限会社iなどから資材を一括して調達し、同部分を平成八年一二月一〇日ころから数日間で完成させ、次いで、余った資材やQをして調達させた資材を用いて西側部分の増築工事に掛かって、数日くらいで終了し、同月中旬ころには右検証時にみられる本件簡易建物全体の基本構造を完成させたものと認められる。
2 原判決の判断の誤り
原判決は、A、Jの原審公判廷における証言及びIの第一審公判廷における証言、右J撮影のポラロイド写真、被告人の原審供述のみを前記同一性判断の証拠とした上、右Aの原審証言は本件簡易建物西側部分の増築時期に関する供述が明確ではないと評価してその証拠価値が低いとし、また、右Jが平成八年一二月一七日ころ撮影した右ポラロイド写真によっても同写真の本件簡易建物と平成九年八月一日の検証時のそれとが同一か否か断定できないとして、これが同一であるとする同人の証言の信用性を減殺し、さらに、Iの第一審証言については、東側部分に西側部分が増築された本件簡易建物の建築経緯の供述がなく具体性がないとして証拠価値を低く評価する一方、被告人の供述には捜査段階から一貫性があると評価した上で、本件簡易建物の形状が平成八年一二月中旬ころと平成九年八月の検証時のそれとが同一であるとは認められないと判断している。
しかし、原判決のこの判断は、右以外の第一審で顕出された証拠を全く顧慮していないという証拠の取捨選択の誤りを犯した上、右各証言の信用性又は証拠価値を不当に低く評価するという誤りを重ねた結果なされたものであり、明らかに判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。
(一) 証拠の取捨選択の誤り
平成八年一二月中旬当時の本件簡易建物の形状に関しては、前記のとおり、関係証拠として、原判決摘示の証拠のほか、平成九年八月の本件簡易建物に関する検証調書、被告人及びAの捜査段階の供述、第一審における被告人の供述、S及びPの捜査段階の供述、各種捜査報告書等が存するのであり、これらの証拠を総合的に検討して判断すべきであることはいうまでもない。しかるに、原判決は、A及びJの原審証言、Iの第一審証言、前記ポラロイド写真、被告人の原審供述のみを証拠としてとらえ、これに依拠して前記判断をしているのであって、事実認定の基礎となる証拠の取捨選択を誤っていることは明らかである。
(二) 証拠の評価の誤り
(1) Aの原審証言について
原判決は、Aの原審証言につき、「(本件簡易建物)西側部分の増築がいつころ完成したのかという点については、平成八年一二月中にできたと述べたり、同月中にはできておらず完成したのは翌年に入ってからだったと思うと述べたりして、最終的には時期的なことについては自信を持って答えられないとの趣旨を述べているのであって、右証言をもって本件簡易建物の形状が平成八年一二月中旬ころと翌九年八月一日時点とでほぼ同一であると認めることは到底できない」とその証拠価値を低く評価し、前記判断に結び付けている。
しかし、本件簡易建物西側部分の完成時期に関するAの原審証言は、同人が本件犯行時期に近いため記憶が比較的鮮明であった平成九年九月五日に検察官に対し、「本件簡易建物東側部分の建築を開始したのは平成八年一二月一〇日ころであり、同部分が完成した後、被告人と増築を相談し、東側部分完成後何日も経たないころ私がホームレスを使って西側部分の骨組を作り、その数日後までの間にY(被告人)がシートの屋根を付けて完成させた。」旨明確に供述している内容と大筋において符合していること、右Aには本件につき殊更虚偽の供述をしなければならない必要性もないことなどを考慮すると、同人の検察官に対する供述の信用性はすこぶる高いといわざるを得ない。
また原審におけるAの証言も、本件簡易建物西側部分の増築開始時期や終了時期に関しての月日の特定まで正確に証言できなかったにすぎず、同人は右証言において、検察官の質問に対し、「本件簡易建物東側部分の建築を開始したのは平成八年一二月一〇日ころであり、西側部分も含め同建物が完成したのは同月中旬ころであった」旨供述したが、その後の弁護人の反対尋問において「先ほど示された(検証調書添付)写真に写ってるような格好になるまでにどのぐらい掛かったんですか。」との質問に対し、全体が出来上がるまで半月くらい掛かったとの意味で「そう大した時間は掛かってないと思ったですけど、やっぱり半月ぐらい掛かったんじゃないですかね。」と供述したところ、弁護人が「いったんそういう格好になってから増築を始めたんですか。」と不当な誘導尋問をしたため、困惑して「そうです。」と供述したことから、弁護人が「そうすると、一二月一〇日から半月ぐらいたってから増築を始めたということでよろしいわけですか。」と重ねて不当な誘導尋問をしたため、一度は困惑しつつ「そうですね。」と答えたが、その後弁護人が「その増築がまた半月ぐらい掛かって。」と質問したころから、困惑から立ち直り、記憶に従って「いや、そんなには掛かってないです。」、「屋根、ベニヤをもらって上に乗っけるまでのあれはちょっと日にちがあった・・」、「それやって、全部でやっぱり一〇日かそこらじゃないですかね。」と、平成八年一二月中旬ころ十数日で本件簡易建物を建築した旨供述している。その上、Aは、その後裁判官が「そうするとね、半月、つまり二週間強と一〇日を合わせるとね、もう完全に西側部分まで出来上がるのはね、年を越えちゃって、平成九年の一月ごろになったんじゃないかと普通は考えられるんだけどね、それはどうですか。」と質問したのに対しても、「いや、そんなにまではなってないと思います。」、「(年内には出来上がった)と思います。」と供述している(記録八一六丁裏、八一七丁表、八二八丁裏)のである。このようにAは、弁護人の不当な誘導尋問に一時迷ったものの、そのすぐ後には記憶に従って本件簡易建物西側部分は「平成八年一二月中には完成していた」旨証言しており、捜査、公判を通じて供述には基本的に一貫性があって、前述した他の関係証拠とも符合し、その証拠価値は高い。
原判決が、Aの原審証言につき詳細に検討することなく、他の関係証拠等と総合して検討することもしないで、証拠価値の評価を誤ったことは明らかである。
(2) Jの原審証言及びIの第一審証言について
原判決は、Jの原審証言及びIの第一審証言についても、他の関係証拠と的確に照合し、総合的に検討すべきであるのにこれをせず、Aの原審証言に対すると同様、その評価を誤っている。すなわち、Jは、原審において「自分は、平成八年一二月一〇日ころに本件土地上に建物が建てられているとの報告があり、その二、三日後現場を見に行き、同月一七日ころ、再度現場に行ったときにポラロイドカメラで本件簡易建物を二枚写真に撮った。この写真撮影時の本件簡易建物と翌年の検証時のそれとはほぼ同一である。」旨証言し(記録七八五丁表ないし七九〇丁裏)、また、Iは、第一審において「本件簡易建物を作り始めたので、現場にいた被告人に注意をした。その建物は同月一四日には完成したが、それは平成九年八月の検証時における本件簡易建物と同様の状態であった」旨証言する(記録四〇八丁の二五ないし三〇)ところ、両名の証言内容はAの供述とも一致しており、両名には本件につき殊更虚偽の供述をしなければならない必要性もない上、右Jの証言に沿うポラロイド写真二枚が証拠として提出されていることなどにかんがみ、いずれの証言もその信用性が高いことは明らかである。
しかるに、原判決は、「(Jが撮影したとする)写真を子細に見分しても、枚数が二枚と限定されている上、本件簡易建物をかなり遠方から撮影したものであり、さらに、撮影の角度の関係などもあって建物の西側増築部分があるか否かの点についてさえ、断定的な判断をすることができないものである。」ので同人の証言を裏付けるには不十分としてその信用性を否定し、「Iの原審証言の証拠価値も同程度のものに止まる」として、その同一性は認められないとしたのであるが、平成八年一二月一七日ころにポラロイド写真に撮影された本件簡易建物は西側部分がやや不明確なきらいはあるものの、同写真と前記A、J、Iの各証言等を総合的に検討すれば、これが平成九年八月の検証時における本件簡易建物とほぼ同一であることは明白であり、このような原審の判断が社会通念に全く反した極めて独善的なものであって失当であることは明らかである。
(3) 被告人の原審供述について
原判決は、被告人の原審供述には捜査段階からの一貫性があると評価しているが、明らかに誤りである。
すなわち、被告人は、原審公判廷で、東側部分も含め平成八年一二月に建築したときの本件簡易建物の形状につき、「柱を四本立てて組んで、そこからシートを垂らしていた」、「最初は陸屋根でした。」(記録七六二丁表、七六六丁表ないし七六八丁裏)などと弁解している。
しかし、平成八年一二月一七日ころの本件簡易建物に関する客観的証拠である前記ポラロイド写真によれば、当時の本件簡易建物は、既に本件土地の南側の区道との境界部分まで建築され、同写真に明確に写っている建物東側部分は、リサイクルショップの広告の垂れ幕の状況まで含めて前記検証時の写真にみられる建物と全く同一の外観を呈していることが明らかであり、被告人の供述は明らかに虚偽である。また、被告人は、捜査段階で平成八年一二月一〇日ころには本件簡易建物の東側部分が完成したと供述していながら、原審公判廷では何の根拠も示さず前記供述を覆し、同部分はそのころは柱を四本立ててシートを垂らした程度であった旨第一審の際にも供述していなかった全く矛盾する供述をしており、被告人の供述は捜査段階から一貫していない。
原審での被告人の供述は、自己の刑責を免れる意図で本件簡易建物の完成時期を故意にずらし、事実と矛盾する不合理な供述をしたものであって、到底信用できない。したがって、被告人の供述に一貫性があり信用できるとした原審の判決は明らかに証拠の評価を誤ったものである。
3 本件簡易建物東側部分のみでも十分本件土地への侵奪と認められる原判決は、主として本件簡易建物の西側部分の建築時期を問題とし、その完成時期の立証が不十分で本件簡易建物全体の完成時期が不明であり、本件起訴に係る平成八年一二月中旬ころの本件簡易建物が、検証時のそれと構造や性状の上で本質的部分において同一であるとの立証はなく、当時の本件簡易建物の形状が検証時のそれよりも更に小さく、あるいは構造が強固ではないものであった可能性があるとの判断を示して、本件簡易建物の半分以上を占める中心的部分で、かつ、強固な東側部分が平成八年一二月一七日ころには既に完成していることを無視し、本件を無罪にしているので、この点について付言する。
前記のとおり、検証時に認められた本件簡易建物東側部分の構造、規模は、全体の建築面積約六四・三平方メートルのうちの三七平方メートルを占め、かつ、柱の本数、梁、桁の構造、土台、柱等の接合状況などは、西側部分に比較して資材を豊富に使用し極めて強固なものであって、その構造、規模からして本件簡易建物の中心的部分を占めている(捜査報告書・記録四〇七丁の四八九、検証調書・記録四〇七丁の四五ないし二〇七、捜査報告書・記録四〇七丁の四七一ないし四八七)。また、既に検討したとおり、関係証拠、取り分け客観証拠である前記ポラロイド写真によれば、本件簡易建物の東側部分の形状は平成八年一二月一七日ころの完成時に既に備わっていたものと認められ、被告人らは、同日ころには少なくともポラロイド写真に写っている東側部分を完成させて同建物及び周囲の土地を含む本件土地全体を占拠し、これを店舗兼倉庫として使用しながら、そのころ西側部分も建築したものであって、その後の風雨等による破損箇所の補修は同建物の基本構造を変更するようなものではなかったものと認められる。
仮に、百歩譲って、本件簡易建物の西側部分の建築時期が原判決認定のとおり平成八年一二月中旬ころか否か判然としないとしても、被告人らは右ポラロイド写真に撮影されたころには本件簡易建物の東側部分を中心に同建物周囲の部分も含めた本件土地全体にも多数の中古家電製品を置き並べるなどして占拠し、リサイクルショップの営業を続けていたことは明らかであり、本件土地の侵奪行為は十分認められる。
すなわち、本件簡易建物の建築は、本件土地侵奪の手段としてなされたものであって、侵奪手段の中心となる建築物が本件土地の上に建築され、これを中心に本件土地上でリサイクルショップを営業していたのであるから、当然同建物を中心にリサイクルショップに利用するため本件土地全体を排他的に利用していたことは明らかであり、本件土地全体に対する「侵奪」は十分認められるのである。
ちなみに、東側部分建築後の西側部分の増築行為は、包括一罪と認めるのが相当である。
以上、原判決は、事実認定の基礎となる証拠の取捨選択、その信用性ないし証明力の評価、判断を誤った結果、「平成八年一二月中旬ころの本件簡易建物は、平成九年八月の検証時のそれとは構造・規模などの形状が本質的に同一であることの証明がない」として、本件犯行時における本件簡易建物の存在と、これによる本件土地への侵奪を認めず、全く事実に反する結論を出したのである。これが判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認であることは明らかであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反することは明白である。
二 判例違反
既に検討したとおり、原判決の右事実認定は、関係証拠相互の対査検討を全く行わず、また、社会通念に従った証拠の総合的考察をしないで自由心証の許される限界を超え、論理法則ないし経験則に反する証拠の取捨選択及び評価を恣意的に行った結果不当に導かれたものであり
・ 最高裁判所昭和二三年一一月一六日第三小法廷判決(最高裁判所刑事判例集第二巻一二号一五四九頁)で
証拠の取捨選択及び事実の認定は、原審の専権に属することであって、その間に経験則に反することのない限り、上告審において、これを破棄することはできない
・ 東京高等裁判所昭和三七年一月二三日判決(下級裁判所刑事裁判例集第四巻一・二号一六頁)で
証拠の証明力は裁判官の自由な判断にゆだねられているが、この自由心証は裁判官の恣意を意味するものではなく、論理の法則、経験則に基づくものでなければならない
と各判示されているところに矛盾するものである。
よって、原判決が右最高裁判所及び高等裁判所の各判例に相反することは明白である。
第四結語
以上述べたとおり、本件において、本件簡易建物に関し、各判例の趣旨に従い、不動産侵奪罪に係る刑法二三五条の二を正当に解釈適用し、関係証拠の取捨選択・評価を適正に行って事実を認定すれば、被告人の本件犯行について有罪と認定すべきであったにもかかわらず、原判決は、前記判例に違背し、かつ、本罪の解釈を誤って「侵奪」の成否の判断基準に独自の誤った解釈を加えてこれに事実を当てはめ、さらに、本件簡易建物の占有侵奪事実の認定につき自由心証の許される限界を超えて経験則に反する証拠の取捨選択及び評価を行って重大な事実の誤認をし、その結果これを無罪としたものであり、これを破棄しなければ著しく正義に反することは明らかであるので、原判決破棄の上、さらに適正な裁判を求めるため、本件上告に及んだ次第である。